Midsummer Fires 5

ROUP OF GUARDS.




 それは上背のある、がっしりした体つきの男達だった。談笑しながらこちらに向かってくる。そのうちの一人が下品な冗談でも言ったのか、数人がアルマたちのほうを見た後、噴き出すように笑った。
 いやな感じ。
 アルマは眉を寄せた。何を言っているのかは聞き取れなかったが、こちらに向かう敵意の下火が男達の表情と鋭い視線に漂っているのが、はっきりと目に見えるかのようだった。
 「目が合ったからなあ」と首をすくめて、ツァラン。
 「だけど、まさか顔をおぼえてはいないだろう」とデューラムが声をひそめてささやく。
 「どうだろうな。おれのほうは仕事でたまに顔を合わせるしな。それにやっこさん、なんでか知らんが一年前のあのときはずいぶん頭に来てたようだし、……おぼえられているかもしれんな」向かってくる男達にダグラスがちらりと視線をやる。「六人か。まあ……悪い人数じゃないかもな」
 「おいおい、やめろ」呆れたように、だが若干の緊張を感じさせる声で窘めるデューラム。「こんな場所で騒ぎを起こすな。流せ」
 「本当だわ!」アルマも声を殺してささやいた。「あの人たち、非番でも警備兵なのでしょう? ガタイの大きい、強面の人たちばっかりだし、まともにやりあうなんて正気の沙汰じゃないですよ」
 「あっちが何もしてこなければ騒ぎなど起こしませんよ」肩をすくめ、小声で返すツァラン。「しかし体がでかいばっかりの阿呆面がよくも集まったものだ」
 「黙って!」
 アルマが彼を睨みつけるのと、男の一人が一行のテーブルの隣で足を止めたのとは、ほぼ同時だった。
 「よう、どでかい丸太ん棒。さっきのバグパイプはお前か。どうりでいい仕事をしてやがると思ったぜ」
 そう言ったのは、かなりの上背のある三十そこそこの男だった。ダグラスより巨体というわけではなかったが、それは比較の上の話というだけのことで、たくましい筋肉が無駄なくついたその体つきは通常の基準では十分“がっしりとした大男”の部類に入るものだった。高い位置から一行を見下ろす薄い青い目は、どちらかといえば垂れ目だったけれども、どことなく“すわった”ものを感じさせる目つきで、見る者を落ち着かない気分にさせるのだった。
 「それはありがとうよ」ダグラスは注意深く答えた。「久しぶりだな、ジョン」
 だが、下町独特の丁重さをふまえたダグラスの口調に対し、ジョンの声音には挑発と軽蔑の調子が明瞭だった。
 「今年は面子(めんつ)が多いようだが、こっちのイカサマ文士様のつらは変わらねぇな」横柄に顎でしゃくるようにツァランを示す。「挨拶もしやがらねえようだがな」
 ツァランはその台詞を聞くと、男達に背を向けたまま、ぴくりと片方の眉を跳ね上げた。ほとんど表情の変わらない様子だったが、アルマはその薄い唇が、古めかしくも冒涜的な罵声を小声で呟いたのを確かに聞いた。それからツァランはがたんと椅子を鳴らして振り向き、近づいてきた男たちにうってかわったような笑顔を向けた。
 「ご機嫌よう、サー・ロング・ジョン・マクドナルド。お気に入りのウィスキーを一杯ひっかけにいらしましたので? ――つッ」
 小さく呻いてツァランが言葉を止める。デューラムがぎろりと彼を睨んだところを見ると、どうやら彼がテーブルの下でツァランの脛あたりを蹴りつけたか何かしたようだ。――見れば、ダグラスとツァランが飲んでいたウィスキーの蝋封には「ジョン・マクドナルド」なる銘が記されている。これにひっかけた軽口か――デューラムはそれを察してツァランを牽制したのだ。アルマはひやひやしながら息を吐いた。
 「つまらん洒落だ」
 ジョンが拳を丸めて骨を鳴らしながらゆっくりと言った。「一発のして、おれはウィスキーが嫌いだってことを、その脳みそに叩き込んでやろうか?」
 「これはこれは、ご機嫌を損ねましたのならなにとぞご容赦ください」
 ツァランは卑屈という以外にどう形容しようもない笑顔で、「久方ぶりにお会いしましたもので、少しうまい洒落でもと思いましたが、どうも頭が回らず失礼をしたようで」
 丁寧さと慇懃無礼さを隔てる境界線に限りなく近い口調である。近くにあった唐辛子入りの油の小瓶を、揉み手でもするかのようにしきりにいじくり回しているツァランの手元を見て、男たちが彼の態度をゴマスリと怯えのないまぜと受け取ってくれるよう、アルマは切に願った。
 少なくともジョンにかんして言えば、その願いは天に通じたようだった。「いつ見ても気分の悪くなる野郎だ」と頬のあたりを歪ませて吐き捨てる。だが、ついで彼が自分に視線を向けてきたので、アルマはぎくりとした。
 ジョンはその動揺を彼女の目に見て取ったのか、にやりと唇の片端だけで笑った。「はん、女連れとはまた景気のいいことで……だが、ちょいと年増だし……もう少し色気があってもよかねえか。なあ、ラルフ」
 余計なお世話です、とアルマは心のなかで呟いた。たしかにアルマはデューラム一行のなかでは年齢が上のほうだ。加えて髪型も服装もまるで男のようななりである。だがいずれにせよ、長く一人旅をしてきた彼女は、こうした独創性のない煽り言葉にいまさら傷つくほどナイーブではない。そのまま曖昧に流そうと――
 「まったくだな」そこでラルフと呼ばれた男が便乗してくる。「男四人に一人の年増とは、こりゃみじめなもんだな。かわりばんこに手玉に取られてひいひい言ってんのか」
 その言葉に顔を上げてラルフをぎりと睨みつけたのは、アルマではなく隣のデューラムだった。察して、アルマは彼の腕を素早く押さえるとささやいた。「いいから、無視して!」
 デューラムは困惑と怒りを目にたたえてアルマを見返した。「しかし――」
 ジョンがにやりと笑う。「なんだ兄さん、やる気か? 威勢のよさそうな目つきをしてるじゃねえか。だが、そこの姉さんの言うことを聞いといたほうがいいぜ。女の尻には敷かれるが吉ってな」
 「しかし、いやいやどうして」とラルフ。「お姉さん、ぴちぴちの娘とはいかないが、お上品な顔をしてるじゃねえか。ちっちゃなお口で四人にご奉仕とはまったく精が出ることで――」
 「汚ねえ戯れ言そろって吐いてねえで、とっとと失せろ、このうすのろども」
 沈黙が落ちた。
 否、正確に言えば落ちたかのように思われたのだ。酒場の中は変わりなくごったがえし、男達や女達が世間話に話を咲かせていたのだが、そうした周囲の喧噪が、すうっと二組の間から遠ざかったように感じられたのは、まちがいのないことだった。
 声を発したのはイザクだった。この無口な男が、今日酒場に入ってからおよそ初めて口にした台詞である。アルマはまじまじと彼を見た。
 イザクはただエールのジョッキを一口煽ると、どんと音を立ててまた置いた。ジョンにもラルフにも、ちらりとも視線を向けない。まるで先ほどの発言が聞き間違いだったのではないかと思うほどの無関心っぷりである。
 「……なんだと?」
 しばらくの間隔を置いたのち、ジョンが聞き返す。「……何か言ったか、おまえ」
 「お耳に入りませんでしたか、警備兵殿」
 そう代わりに答えたのはツァランだった。外套のフードをさっと後ろに下ろすと同時に、先程までの卑屈な表情までが脱ぎ捨てられたのか、その満面に浮かぶのはいかにも満足そうな笑みである。彼は悠然と腕を組むと、これみよがしにゆっくりとした口調で言い放った。
 「そのような下卑たお仲間を引き連れ、ふんぞり返って自慰に耽っているところを見ますと、お馬さんも大満足のご立派な“いちもつ(ロング・ジョン)”をお持ちなのは失礼ながらお名前だけのご様子。まことに遺憾です」
 ふたたび誰もが口を噤んだ。
 それと見て変化が分かるほどの早さで、すうっとジョンの顔が赤くなる。「この野郎……」と、喉の奥から響くかすれた唸り声。めくれた唇の下から凶悪そうに歯が覗く。「よくも恥ずかしげもなくその薄汚い口を開きやがる。ああ、今からそいつを閉じてやるぜ!」
 直後、高く振り上げられたジョンの拳がひゅうんと空気を唸らせ飛んでくるのと、ツァランの向かいのダグラスの身体が一瞬にして三倍もの巨体へと膨れあがったのは、ほぼ同時だった。誇張ではなく、本当にそう見えたのだ。瞬間、何が起こったのかアルマにはわからなかった。だが、ほぼ真横の方角にしたたかに吹っ飛んでいたのはツァランではなくジョンで、彼は派手に別客とそのテーブルの上に倒れ込み、そして腕と肩の筋肉を山のように盛り上げてジョンが先程までいた場所に立っているのはダグラスなのだった。
 一瞬の間だけ、今度こそ酒場全体が本物の沈黙に包まれた。
 「野ッ郎!」
 ジョンの後ろにいた男が太い怒鳴り声でその静寂を破るなり、ダグラスに殴りかかる。と、同時にぱあっと空間に何かが飛び散った。まともにその飛沫(しぶき)を浴びた男は、ぎゃっと悲鳴を上げ、目を掻きむしりながらその場にくずおれた。ツァランが立ち上がりざま、唐辛子入りの油を男の顔面にぶちまけたのだ。卑屈に揉み手をしていると見せかけて、ツァランはいつのまにやら油の瓶の蓋をゆるめていたらしい――そうアルマが悟ったときには、彼女の隣でイザクが俊敏にテーブルに飛び乗ったかと思うと、テーブルから飛び降りざま、向かってきたラルフの顎を鮮やかに蹴り飛ばしていた。ラルフがもんどり打ってその場にひっくり返る。ひょうしにテーブルに乗っていたジョッキだの皿だの杯だのがそろって床に雪崩れおち、どんがらがっしゃんと騒ぞうしい音を立てた。けたたましくも他人事じみた女の悲鳴と、他の男客の罵声の嵐がそれに続く。
 だが、先手必勝の圧倒的優位はそこまでだった。驚くべき事にダグラスの一撃になお耐えたジョンが、起きあがるやいなや、お返しとばかりにダグラスの左脇腹に痛恨の一撃を加えたのだ。大男はぐっと唸って一・二歩たたらを踏んだ。
 「よし、もうそのくらいでいい!」
 一人冷静さを保っていたデューラムが、そこで仲裁に入ろうと試みる。だが別の男がみなまで言わせず、デューラムの髪を捕むなり乱暴に殴り飛ばした。デューラムは後ろに大きくよろめいたものの、素早く体勢を立て直すと「卑怯だぞ」と叫んだ。口のあたりを拭うと、怒りに燃えて自分を殴った男につかみかかろうと――したのだったが、そこで横から吹っ飛んできた別の男の下敷きになり、一緒になってどかどかとそばの椅子に倒れ込む。
 「おお、すまん!」
 男をデューラムの方角に吹っ飛ばしたダグラスが言った。
 デューラムは今度こそ憤怒の形相で怒鳴った。「よくもやったな!」
 ――が、その叫びがダグラスに向けられたものなのか、吹っ飛んできた男に向けられた言葉なのかは誰にも分からなかった。彼の唇からは血が流れていたが、それにも気づいていない様子で自分の上に吹っ飛んできた男を蹴り飛ばすと、混沌とした殴り合いの輪の中に猛然と突っ込んでいく。

 ――かくして、大乱闘がはじまった。






  
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