HARAN TALKS ON THE IMAGES OF ELF.
DECAYED BODY UNDER THE CHERRY TREE.


3


 「それで、どうだったよ、茸狩りは」
 あちこちで酒を片手に談笑する汗くさい人間どもをかきわけてテーブルまで歩いてきたダグラスは、手にしたジョッキの一つをデューラムの目の前に置きながらそう言った。そのまま自分のエールをぐいとあおると、彼の隣に腰を下ろす。
 「まあ、大猟ではあったぜ、けっこう色んな種類が取れたな」デューラムはなみなみとジョッキに注がれた薄茶色の林檎酒(サイダー)を啜ると、ふうっと息を吹いて先客が散らかしていったままのパンの屑を吹き飛ばした。大衆酒場<まだらの竜>亭のテーブルはいつも小汚い。
 「誰が行ったんだ?」
 「イザクも誘ったんだが、なんだか用事があるとかで、結局エーリーンと二人だったよ」
 「ふうむ」ダグラスは口ひげについたエールの泡を拭った。「まあ、あいつの言うことは八割方嘘かあいつの妄想だが、たまに役に立つことも知ってるだろう。茸狩りに絶好の秘密スポットとか知ってたんじゃないか? ところで近いうちにその茸、食わせろよ。二人で取ったのを合わせたらけっこうな量になるだろ?」
 「食いたいんならおれの家まで来いよ」デューラムは笑って答えた。「茸炙りの焚き火でもするか?」
 「狂乱と背徳の宴になりそうだな」いつものように揚げじゃがをつまみながら、いつものように顔色の悪い彼の相棒が言う。ヘプタルクに来る道すがらこの魔法使いと初めて出会ったときには、もう少し日に焼けていた気がするのだが、どうも少し家に篭もるとすぐに色が抜けるたちらしかった。
 「ワライタケだのベニテングタケだの絶叫おばけキノコだのが故意に混ぜられていそうだしな。注意しないと、魔法キノコ(マジックマッシュルーム)で美女だらけの蓬莱山の夢を見てるところに、至高の美酒だと騙されて馬の小便を飲ませられたりするかもしれない」
 「あいつなら本当にやりかねないよ」
 デューラムは溜息をついた。輪を成して踊り狂う仲間たちを頭に思い描いたところで、一昨日にエーリーンから聞いた妖精の舞踏へと、そうして一昨日以来の自分の窮状へと連想がいたったのである。「あいつ半分妖精なんだとかいうしな」
 やけっぱちな彼の口調に、その場の一同が顔を見合わせた。
 「なんだって?」ダグラスが怪訝そうに聞き返してくる。
 「森を歩いている最中に本人がそんなことを言っていたんだ」
 デューラムは溜息をつくと、茸狩りの最中にエーリーンが喋った話をざっと説明した。
 「……ほんとうだと思うか?」
 「まあほんとうかもしれないわねえ」
 白目(ピューター)の杯で白葡萄酒を飲んでいたクリッサがぱちぱちと目をまたたかせる。いつもながら真面目なのか不真面目なのかさっぱりわからない口調だったが、その雰囲気とは裏腹に彼女の職業はれっきとした占い師である。その証のように、その身にまとう衣服だけはいかにも妖艶な魔女然とした、肩丸出し、深い切れ込み入りの長装束である。彼女と会った最初の頃こそ、デューラムは彼女の服からいつものぞいている肩だの太腿だのの白い肌に目のやりどころをなくして困ったものだったが、近頃はすっかり慣れてしまって、それが若い女の肌であろうがなんだろうが、とくになんということもない(それはそれで日常生活を送る上でのささやかなよろこびを失ってしまった気もするのであって、デューラムは彼女に対し恨めしい思いを抱いていた)。
 「……たとえばその嫉妬深い木の精なんか、エーリーンのイメージに合ってるんじゃない? でも、あのひと以前には、自分はエルフだって言っていたわよ。それじゃフェアリーの血をひいてて、しかもエルフだってことになるの?」
 「いやあ、だがフェアリーってのは、こう、羽がはえててこのっくらいで」
 ダグラスがその大きな両手を顔の前に掲げ、ごくごく小さな隙間を作ってみせる。「----空を飛んでるやつだろう? エルフってのはもう少し人間ぽいが、果物と花だけ食べて生きてて気位の高い奴らのことじゃなかったか。両方いっぺんになることなんてできるのか?」
 「ふん、おまえ酔っぱらってた晩に便所の銀バエを妖精と勘違いしたのじゃないか。あいつらもむやみにぎらぎら光ってるからな」と、ダグラスの示したフェアリーのサイズを見て、ツァラン。「まあエルフについて言えば、おまえの今言ったのが現在流通したイメージの最大公約数だが」
 「だろう?」まわりくどいツァランの軽口にそれだけ満足げに返してから、ダグラスは腕を組んだ。
 「しかしなあ、なんだかなあ、昔からたまにエルフの絵だの像だのは見たし、ヘプタルクでもエルフと呼ばれてるやつを何人か見るが、どれもてんでばらばらな見かけをしてて、しかもどれもエーリーンとは全然違ったぜ。あまりにおたがい違いすぎて何がなんだかわからんよ、おれには。……まあ、若い女ばっかりだってことくらいなだけで」
 ツァランがエールのジョッキを口に運ぶ。「まあ、エルフは総称だからな」
 「総称?」
 聞き返したデューラムにちらりと目を向け、「あー」と何やら声を発しつつ、ツァランは口を半開きにして何かを思案した。長い演説が始まる前の徴候である。
 「……つまり、漠然とした異人のイメージに与えられた総称だ。そのイメージが各人各場所によって異なるので、さまざまな物だの人だのがエルフと呼ばれるわけだ。なにやら長い伝統をたずさえ、自然世界と調和性の高い、ともすれば異質に見える社会文化と知の体系をもち、デリケートな感受性と容姿を兼ね備えて見える異人が、とりあえずみんなエルフに『なりうる』といった具合だろうさ。……語源をさかのぼると複雑な歴史や定義が色々あるんだろうが、ぼくはあまり詳細を知らない。……
 ただ言えるのは、エルフはこれこれこんなもんというイメージが、変貌したり他のものと融合したり欲望に都合のいいように変形したりをくりかえしながら伝聞されたあげく、多種多様なエルフが跋扈する結果になったということだな。耳が兎みたいなの、頑固なの、二五〇年生きるの四千年生きるの不老不死なの、巨乳なのだの耳が性感帯なのだの、野蛮なのだの邪悪なのだの、千差万別だ。……
 ……結局のところ、エルフというのは他称、つまりえたいの知れない他者や現象を名指して認知の枠組みに入れるための言葉であって、元来は自称される言葉ではなかったんだろう。それが時代を下ってフェチシズムの対象になり、若い女エルフばかりがお話に登場するようになる。まったくもって、エルフは男女比が一対九の種族だとか、そのうえ女は生涯の八十パーセントを十代から二十代の見かけで過ごすのだとかいう、とんきょうな学説がまことしやかに流れかねない状況だな。ちなみに耳の長いエルフのイメージがおそるべき支配力を保っているのは、兎だの猫だのの耳をもったセックス・シンボルの文化史とのからみで分析する必要があるだろう。童女コンプレックスが愛玩動物への偏愛と近いことを示す事例も多いな……“知能の高い種族なのに小動物風の白痴性も備えたロリ耳長エルフ”てわけだ。……いずれにせよエルフを自称する人びとの多くは、与えられた枠にはまると便利な場合もあるので自称してるんだろう」
 ここまでを驚くほど澱みのない口調で語ると、さすがに喉が渇いたのか彼はもう一度エールをあおった。
 デューラムは彼の長い口上の半ばあたりから半分程度しか聞いていなかったが、とりあえずふうんと唸っておき、目の前の揚げじゃがをつまんで口に放り込んだ。ぴりりと程よく香辛料の利いたこの料理は、酒場〈まだらの竜〉の定番である。
 「ふん、まあいい」
 あまり手応えのない反応にツァランは不服そうに言うと、炒った木の実の木鉢をずるずると引き寄せた。「とりあえず、そういう意味ではエーリーンもエルフと呼ばれて、まあ不思議はない。彼女の帝国語の訛りは独特だしな」
 たしかにその通りだった。エーリーンは時たま、不可思議な、聞き慣れない、どこか古めかしい発音でものを喋る。そういえば、彼女が生まれ育った土地での日常言語は帝国語ではなかったと聞いたことがある。デューラムの知るかぎり、現在の帝国領、あるいはかつて帝国領だったほとんどの地域で----すなわち、大陸の西半分のほとんどの地域で----帝国語はほぼ第一言語となっている。デューラム自身も帝国語を聞き、話しながら生まれ育った。だが、表向き帝国語を公用語としながらも土着の言語がいまだ生きている土地も、山ほどあるという話だ。エーリーンの声音に響く独特の訛りは、彼女の土地の言葉の影響なのかもしれなかった。
 「そうねえ、たしかあの人、一応帝国領だけどもかなり辺境の出身じゃなかった?」
 クリッサが青い目をくるりと上に向けて思案する。「たしか大分古い文化の土地柄じゃなかったっけ」
 「そうだった気もするが、しかしそれを言うならヘプタルクとて帝国とは比べものにならないほど古い歴史があるのだぜ!」
 ツァランはダグラスとクリッサに向かって嫌みったらしく顎をしゃくってみせた。今日集まった面子の中で、この二人はヘプタルクで生まれ育っているがゆえの仕草である。
 「生粋のヘプタルク人たるもの、帝国の文化侵略に日々の抵抗を見せたらどうだ? とりあえず、この揚げじゃがは没収だな。ぼくの知る限り、こいつは六・七百年前の帝国拡張時代にヘプタルクにもたらされた食文化の典型だぜ」
 「だけどわたしたちのなかでいちばん帝都っぽい訛りなのツァランじゃない!」クリッサは不服そうに口をとがらせ、ツァランが大皿を自分のほうに引き寄せるのを見て、呆れた声で続けた。「ほんとに揚げじゃが好きねえ、ツァラン。医者見習いとして言わせてもらうけど、それ全部一人で食べたら体壊すわよ」
 「じゃあエーリーンがエルフだってのはいいとして、フェアリーってのはどうなんだ」デューラムは自分の疑問に話を引き戻した。この二人に任せておくと、話は三千里のかなたへと飛び去ってしまう。「あいつには羽も生えてやしないし、ちっちゃくもないぜ。むしろクリッサより背は高いじゃないか」
 「どうせわたしは小さいわよう」と恨めしそうに、クリッサ。
 「ふん。どうかな」クリッサの警告に怯えたのか、ツァランは一度つまんだ揚げじゃがを皿に放り投げた。「まあエーリーンの言うことはいつもよくわからないので何とも言えないが、可能性としては、きみが思い浮かべてるそのフェアリーと、彼女の生まれ育った土地での……なんと言ったって、フェイか? それは大分違うものだったのかもしれないな。エルフが地域によっててんでばらばらな姿をしているのと同じなんだろう」
 そこでダグラスがどんなもんかなあと言うとその太い腕を組んだ。「いやあ、しかしあんまりあいつの言うことを真に受けんほうがいいぜ。あいつは本当に気分しだいで物事を喋るんだ。どこまで本気でどこまで空想なのかわかりゃしない。いつだかは花の咲いた木の下でえんえんと目をつむってるもんだから、どうしたと聞いたら、その木の下にゃあ蛆のわいた死体が埋もれてて水晶のような養分をたらたら垂れ流してるんだが、蛸のように貪婪に手足を伸ばした木の根っ子がその養分をちゅうちゅう吸いとってるんだもんで、その様子が目を閉じると感じられるんだとかなんだとか言ってたぜ。まったくわけがわからなかったが、どうやらそういう詩だかお話だかを読んで感銘を受けて、しばらくその気になってたらしい」
 「だいぶやばそうねえ」クリッサが眉を寄せて言った。
 「うむ、いや確かにやばいんだが」ツァランが眉を寄せる。「……そりゃ有名な散文詩だぜ。良くも悪くもナイーヴな十代の少年少女が一度は嵌る象徴主義文学の一つだとか、なんとか」
 「だけど、あのひと絶対十代じゃないわよ」クリッサが異議を唱えたが、デューラムにはいつもながらどうもポイントをはずした発言のように思われるのだった。
 「まあおれはその話もウンタラ文学もちんぷんかんぷんだが、とりあえず腐った死体に湧くうじ虫の詩でもって感銘を受けてる少年少女の心理もエーリーンの心理もまったく理解できないよ」
 デューラムは鬱々と言って、空いたジョッキをテーブルのわきに押しのけた。「いずれにせよ、あいつは結局、大法螺吹きだってことか? じゃあ、妖精の輪の話も嘘っぱちかな」
 「嘘っぱちだ嘘っぱち」ダグラスが快活に笑う。「しかしまあ、仲間七人のうちにえらい法螺吹きを二人も抱えて、おれたちはよくやっているもんだよ、なあ?」
 「まったくだ」デューラムは溜息をついた。
 だが、ここにいるほうの法螺吹きは別に気にした様子もない。「そうしてもう一人は真性不思議ちゃんときた。エーリーンは三割方仮性が入っているがな」
 「それ誰のこと? アルマ?」クリッサが心底不思議そうに尋ねる。
 「誰のことかな」ツァランは彼にしては上品に微笑した。





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