陶子の切なくほのかにみだらな恋

1 その恋情はエロ夢からはじまる


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 わたしは松下君が好きでしょうがない。この好きで好きでしょうがない感覚は、本当にやり場がなくて、時々わたしはその感覚に窒息しそうになる。

 1日24時間週7日、わたしの心に浮かぶすべての事象はもれなく松下君イシューに吸収されていく。それがもうこの10日間つづいている。
 たとえば初夏の風を感じたとしよう。わたしはもうその瞬間にきゅうんとなって、ああこの風がいま、もしかしたら松下君のところにも届いていて彼のうなじで髪をそよがせているのかもしれないと、そのさわやかな情景を動画で思い浮かべて胸を詰まらせてしまう。
 あるいはもし松下君とキスするとしたらこんな風の中がいいな、などとちらりと思ってその乙女かげんに顔を赤らめたりもする。
 でも、ああ、すがすがしい初夏の風のなかでの清涼な湧き水のようなファーストキス。
 すてき。
 いやファーストじゃないが松下君とはファーストの。こういうのなんて呼ぶんだ。
 もちろん回数を重ねるごとにふたりのあいだの情も熱と湿度をまして、艶めいたものになり、吐息をからめるようになったり、ぬれぬれになったり、吸ったり噛んだりいろいろ差し入れたり、しまいに二人は手に手をとりあって、官能の未知なる可能性にむけてともに突き進んでいくことになるかもしれない。そしてその到達点には――
 おっと落ち着くのだ、とわたしは深呼吸をする。
 そして心中にていきり立ったものを鎮めるべく努力する。
 あまりに妄想を深めては、当の松下君に申し訳ない。さすがにきもちの悪い人である。自分が。
 ちなみに心中に形成した男根イメージでおのれの性的興奮レベルを計測する女子は世に多かろう。男性中心主義的、去勢恐怖症的という批判はつつしんで受けるが、そのイメージは便利っちゃー便利なのである。なぜかというと「どれだけ濡れてるか」は計量的つまり数の大小に換算した測定が難しいからだ。それに比較して男根イメージだと勃起角度というわかりやすい指針にて自分の興奮レベルを自分に説明できる。そういう理由でわたしはとりあえず男根イメージを採用していた。
 どうでもいい話なので本題に戻れば、とにかく人の恋愛妄想がきもちの悪いものなのは、世の理だとわたしは思うのである。
 まあわたしのこの恋情が、もう5年も会っていない、一対一で話したこともない、顔さえもよく覚えていない相手へのものであるのだから、とくべつきもちが悪いのは自覚している。自覚しているが――罪悪感はたしかにある――だとしても恋情なんて悉皆(ことごとくみな)、どこか後ろ暗さをはらんだものだというのが世の理なのではないか。
 そうではないのか?

 松下君はいつも腕を組んで、椅子に浅く、だらしなく腰かける癖があって、そんなんで腰痛にならないのかとわたしはいつも心配していた。わたしは両親ともに腰痛もちで、小さい頃から椅子には背筋を伸ばして深く座りなさい、でないと腰痛で一生苦しむからねと毎日言われて育ったからだ。
 松下君はひょろ長体型で、だけど細マッチョというには引き締まり感と強い感が足りなめだった。ゼミ飲みで男どもが筋トレの話をしてるとき、おれ最近毎日プッシュアップしてるよ実は、と松下君が言ったら、「松下まじで」「意外すぎる」と場がどっと沸いたことがあった。いかにもそういうのと縁遠い人に思われていたのだろう。
 でもそれは体型だけではなくて、なんだか彼の雰囲気だった。自己鍛錬とか頼れる筋力とかマチズモとかに、縁遠い感じの雰囲気。
 松下君はいつもTシャツの上にまだら模様のだっぷりしたセーターとかスウェットを着ていて、下はだいたい黒のパンツだった。あんまりいっつもまだら模様を着ているので、これはもしかして毎日同じ服を着てるのではと色味やシルエットの細部をチェックしていたら、とんだ誤解で、少なくとも7着はまだら服を持っていることが2週間のみの観察結果で判明した。どんだけ。連続2週間の調査であるから、夏服と冬服を合わせて、とかそういうんじゃないのである。まだら7着イン・ワンシーズン!!!!!
 見た目にまったく興味がないわけじゃないのだろうが、毎日ビシッと決めているとは程遠かった。あるとき珍しくおしゃれめなジャケットを着ていたかと思えば、次の日は「それ、8年目の寝巻ですか?」みたいに首回りがよれたTシャツ一枚で授業に出てたりして、一貫性がないのだった。
 松下君は、とりたてて短くも長くもない髪をしていて、一度灰色っぽくしていたこともあったが基本はいつも黒だった。ちょっとくせがかっているその髪は、後ろに壮絶な寝癖がついていることがよくあった。たぶん前からしか鏡を見ない人なんだろう。

 わたしは松下君が好きで好きでしょうがない。
 この、好きで好きでしょうがない感覚は、アップ・アンド・ダウンを嵐の海のようにくりかえす。
 松下君なんかどうでもいい! 松下病で人生棒にふる気か! そんなことより職場の来月のイベントのために各種SNSにて情宣弾幕を張る作業に着手し上司に媚を売らなくては!
 というお仕事モードに蹴散らされたかと思いきや、その2時間後、昼食のセブンおにぎりを机で食べているときに突如、標高4000m超の高山のように盛り上がり、わたしの世界から松下君以外のすべてを締め出し、さらには酸素不足でわたしの息と胸とをつまらせ、おにぎり完食不可能な状態にしたりする。
 そんなときわたしは、もしこのオンリー・松下・イン・ザ・ワールド状態が続けばそのほかのこといっさいがっさいが手につかず、仕事のクビを切られるんではと焦るかたわらで、しかしこの高山病が続けば食べられるごはんの量がいちじるしく減るから劇的なダイエット効果があるのではと期待したりもして、毎日体重計に乗る。
 恋愛の情熱の純粋性など、しょせんはその程度のものである。

 松下君は大学時代に同じゼミにいた人で、上にあげた彼の特徴は、すべて5年前、わたしたちが一緒のゼミにいたときのものだ。
 そのころのわたしは、松下君が「ちょっと気になる」という程度だった。彼氏と別れる最中および別れた直後で死ぬほど消耗しており、男女関係においては完全にひからびたミイラと化していた。だから松下君と一対一で親しくなるために注ぐ恋愛脳も生命エネルギーも情欲も持ち合わせてはいなかった。松下君のまだら服の数をカウントしたり、寝癖の日毎の強度をスマホアプリのグラフで高度に見える化して、そのうち一部をゼミ友に見せて遊んだりして、あんた松下ほんと好きだよねえ、と呆れられたりしていたが、その程度だった。

「松下君っていったっけ? きみ、フランス語はできないし、英語もからきし駄目だそうだが、けっこう本を読んでるねえ。いまどきオルダス・ハクスリーやザミャーチンの話をして乗ってきてくれる学生がいると張り合いがあるよー」
 と、定年間近だったおじいちゃん教授(専門分野:ディストピア思想史ならびに排泄の芸術史)は松下君が大のお気に入りで、松下君がいると15歳くらい若返って枯れ木に花状態になり、ゼミでの話が超エネルギッシュ&早口になるのだった。だが、まだ30代なかばとおぼしき准教授(専門分野:ポストSNS時代における自己PRマネジメント)は、表向き柔和に接しながらも、ものすっごく松下君のことを苦手そうにしていた。ちなみにこの准教授は「若くて知的でカッコイイ」と女子学生に(明らかに松下君よりも)人気があったが、わたし自身は「くせえ、こいつはくせえッー、ぷんぷんにおうぜぇーッ」と口に出さずに思っていた。ゲロ以下のにおいとまで言うとさすがに気の毒だが、それでも何か胡散臭さがにおうのである。それに中途半端に中年を拒絶しているイケメン大学教員を、わたしはあまり評価しないのである。

 いずれにしても、そんなこんなで大学4年間は終わり、わたしたちは卒業し、就職したり、院に行ったりした。半数は大学のあった場所を離れて首都圏やほかの地方に移り、松下君もその一人だった。松下君と個人的にやりとりしたことがあったわけではなく、ゼミで集まるときに顔を合わせ、会話を交わすだけだったわたしにとって、それは元よりかぼそかった彼との関係が切れることを意味していた。彼はもともと首都圏の出身だったし、出張で東京に行ったときに個人的に連絡するような間柄に、わたしたちはなかった。

 それから5年がすぎた。5年のあいだ、わたしはごくごくたまに、ほかのゼミ仲間とおんなじくらいの頻度で松下君のことを思い出して、どうしてるかなーと思うだけだった。
 それが変わったのは、先月のことだ。

「それでその飲み会、けっこうたくさん集まれそうだよ。松下も来るんだって」
「え?」
「陶子が来たら、全部で7人かな」
「松下君て、3年と4年のゼミのときの松下君だよね」
「そうだよ。あのゼミの飲みだから」
「松下君、東京じゃなかったっけ」
「そうそう、大学院行ってたのかな。でも仕事がこっちに移ったらしくて戻ってくるんだって」
「おー」
「そういえば陶子、松下のことけっこうお気に入りじゃなかった?」
「お気に入りだったー。いい味出してたもん。話したことほとんどないんだけどね」
「奥手だもんね陶子。痴女がかってるわりには」

 痴女がかってるたあ失礼な。
 いずれにせよそんな会話を、いまも仲のよい元ゼミ友と交わした後で、そうかー松下君帰ってくるのか、いいんじゃない、とそんな淡い感想しかなかったのだ。
 当初は。正直。
 そのはずが。

 その日の夜、わたしは夢を見た。
 松下君とベッドのなかで抱き合っている夢だった。
 松下君は、なぜか眼鏡をかけていて(松下君が眼鏡をかけているのを見たことはなかった)、なぜだかトーマス・マンの『魔の山』に出てくる啓蒙主義者セテムブリーニが着てたみたいな裾広がりの薄黄色の弁慶縞のズボンをはいていた(セテムブリーニを実写で見たことはないのだが)。そのズボンは恥ずかしくもベッドのなかであっというまに消えうせていたからフロイト流夢分析の象徴にまつわる重要性も薄そうで、なんでそんなのをわたしの無意識が彼に着せたのかは心底わからない。ちなみに言うまでもなく彼のパンツ(下着の)も一緒に消えうせていたのだがこれは書かなくてもよかったことかもしれない。
 いずれにしてもわたしたちはキスしたり別のとこにもキスしたり、こんなこととかあんなこととか、あっちにこれを入れたりそっちにあれを入れたり、とか、いろいろなことをした。
 気持ちよかった。

 目覚めるなり、わたしはガバリととび起きた。
「申し訳ありません神様、松下様。下劣なわたしをなにとぞお許しください」
 わたしは頭を布団にすりつけ、脳内の松下君に向かって土下座した。
 それは本当に、ものすごくものすごく気持ちのよい夢だったんだけれども。
 だからこそ、その罪責感も、まるで底なし沼のように深かった。

 しかしながら、その朝からというもの、わたしは松下君に対する激しい恋に落ちてしまったのだった。



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