コラム


サイダーというお酒について




 七糸譚の小説本文において、しばしば「サイダー」が飲まれている描写がある。なんだか子どもの飲み物という印象があるサイダーを大の男が飲んでいたりするので、ほほえましく感じられる方もいるようだ。
 ただし、本サイトの小説における「サイダー」は、日本の「三ツ矢サイダー」みたいな飲み物とは異なり、れっきとしたお酒である。法的に18才未満は摂取禁止のアレだ。林檎から作られた、薄茶色で微炭酸の透明なお酒――イギリス文化圏では、サイダーというと基本的にコレをさす。甘口と辛口があり、とくに辛口になるとほとんど甘みがない。ちなみにアルコール度数は5〜8%でほぼビールと同じ。氷を入れて飲むことも多いようだ。ちなみに洋ナシ(ペア)バージョンもあり、こちらは「ペリー」と呼ばれる。かぐわしく、うまい。
 もしかするとシードルというフランス語のほうが日本ではよく知られているかもしれないのだが、当サイトはなんとなくカタカナ表記を英語にしているので、あえてシードルではなくサイダーとした。と言いつつ「ジョッキ」とか使ってるので、ぜんぜん統一されていないのだが。(本気で英語風にするならば、「ジャグ」または「マグ」となるべき)

 中世ヨーロッパにおいては、飲料水として使えるような綺麗な水を得るのがそれほど簡単ではなかった。清浄な井戸の水、川の水、湧き水をいちいち見つけて取ってくるのは面倒だから、安い値段で作れる酒を子どもでもおかまいなしに水代わりに飲んでいたことが多かったようだ。サイダーはそうした古くから飲まれてきた日常酒のひとつである。おそらく地中海沿岸からフランスあたりにかけては、ワインがもっと一般的だったのだろうと思うが、緯度の高いイギリスやスカンジナビア半島などの北ヨーロッパ諸国では、ワインに用いるぶどうが育てにくい。ゆえに寒さに強い林檎が多く生産されており、日常酒もそれから作られていたのだろう。サイダーは摂氏4度から15度という低温の発酵で作る酒であり、イギリス、アイルランド、北フランスのノルマンディ、スウェーデンなどで広く飲まれてきたようだ。もしかすると中世のイギリスやゲルマン文化圏では、エールやラガーその他のビールより一般的だったのでは、という気がする。
 もちろんこれは相対的な問題で、ヨーロッパ北部でも古くからワインは飲まれていたし(とくにドイツ)、南欧であるスペインでも林檎酒は作られていたようだ。これら両方が一般的であるヘプタルクは、なんとなく北でも南でもない真ん中あたりのヨーロッパの雰囲気なんでしょうかね。しょうかねとか言って無責任な話だが。
 ちなみに、日本だけではなく北アメリカでもサイダーというと“アルコールなしの甘い炭酸水”をさすことが多いようだ。イギリスやアイルランドからの移民が多かった北アメリカでは、やはり古くからサイダー(酒)が飲まれていたのだが、禁酒法の時期(1922〜33年)にこれを飲むのが違法となり、代替品の炭酸入り林檎ジュースが「サイダー」の名の下に売り出された、というのが歴史的経緯らしい。(これに関する出典はWikipedia。安易ですみません。より専門的で信用に足る知識が必要な方にとっては参考にならない記述です。)このアメリカ由来のサイダーが日本に入ってきた際にたんなる「炭酸入りジュース」と混同され、第二次世界大戦後に日本で大きく普及した、というのがことの経緯ではないかと予想する。





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